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「あずき堂の味」 

                川上 千春  五味 葵


―登場人物―
主人公 甘井 外郎(アマイ ウイロウ)…数年前、就職に失敗してひねくれている。現在、フリーター。同級生に和菓子屋のことをバカにされてきたため、和菓子のことを嫌っている。しかし表には出さないが、祖父、祖母の作る和菓子が大好きだった。子どもの頃からパソコンを扱っていたため、父からECサイトの運営を依頼される。
甘井 杏子(アマイ アンコ)…外郎の妹。大学で経営学を学んでいる。優しい性格で、よく家業の和菓子屋を手伝ってきたが、フリーターの外郎との関係は険悪。しかし外郎の悩みをきき、大学で学んでいることを活かしてアドバイスをする。
甘井 福(アマイ フク)…。外郎の父。新宿区さかえ通りの和菓子屋「あずき堂」の二代目店主で菓子職人。先代の味を守り、店の経営を続けてきたが、売上不振のため、閉店を決意する。外郎の将来を懸念している。
甘井 小豆(アマイ アズキ)…外郎の祖母。80代の高齢ながら、いまだに店頭に立ち、和菓子屋を守り続けている。しかし過労で倒れ、入院してしまう。優しいおばあちゃんだが、仕事には厳しく、頑固なところもある。
故・甘井 金平(アマイ コンペイ)…外郎の祖父。愛媛県出身。独学で和菓子の腕前を磨き、昭和40年代に「あずき堂」を創業する。餡子の味には徹底的にこだわる一級の職人で、いまだに近所には金平の味のファンがいる。妻の名前から店名を「あずき堂」に。
サカエモ(黒猫)…捨て猫だったが小豆に拾われ、いつか恩返しをしたいと考えている。小豆に会うため、たまにあずき堂に来て日向ぼっこをする。普段グダグダしている外郎に対しては、見かけるたび猫パンチをする。金平が亡くなる直前に「わしがいなくなったあともあずき堂をよろしくなぁ」と依頼された。

 

懐かしい香りがした。甘い香り、これは和菓子の香りか?その香りがする方向に向かった。その方向にはやはり和菓子があった。そして、そこにいた「誰か」が振り向き、優しく暖かい声がかかった。
「よく来たねぇ。外郎。おいしい和菓子があるよ。」
懐かしい。そう感じた。だが思い出せない。この人は誰だっけ?・・・


「外郎!!起きろ!!ウイロー!社会人はもうとっくに起きてる時間だよ!」
眩しい日差しが目に刺さり、頭に鳴り響く声がして目が覚めた。この声の主は俺に対していつも苛ついている妹の甘井杏子だ。こいつは俺を呼び捨てにし、常に厳しい態度をとるが、周りにはとても優しいと評判だ。嫌われていることは百も承知だが、実の兄には少しは優しくしてもらいたいものだ。いつものように杏子はあきれた表情で話を続けた。
「お父さんが外郎のこと呼んでたよ。なんか相談したいことがあるんだって、はやくいってきな。」と言うと、杏子は俺の返事を聴く気はないようで、足早に部屋を去っていった。
親父が俺に相談事?なんだろう。数年前、就職に失敗し、コンビニでアルバイトをしている俺を見ては「ちゃんとした職に就け」としか言わないのに…。何の相談かまるで想像ができないまま夜勤明けでだるい体を起こし、親父がいるであろう「あずき堂」に向かった。

「あずき堂」とは、祖父の甘井金平が創業した和菓子屋である。新宿区のさかえ通りで昔から近所の人に愛されていた店だったが、じいちゃんが亡くなって以降は、街の人口も減り、商品も昭和のままということもあってか、客はめっきり減っている。今は、父の甘井福と、ばあちゃんの甘井小豆の二人で細々と店を営んでいる。
俺は小学校に入ると、同級生どもから
「いまどき和菓子??古くさ~笑える」
「こいつ、いつもあずきのにおいがするんだよな~」
「まんじゅう屋の息子ぉぉぉぉ」
…という風に、何かと和菓子イジリをされてきたため、家業を恨むことさえあった。そのせいもあってか長年、店の中に入ることもなかったが、親父が呼ぶというのでしぶしぶ向かった。そんな思い出をほじくり返しながら歩くと、数分であずき堂に着く。店の前にはいつものように、ばあちゃんに懐いている黒猫がいた。その猫は俺のことをなぜか嫌っているようで、俺の姿を見つけるとすぐその場を去っていった。そんないつも通りの光景を眺め、ため息をつきながら店に入ると、そこには深刻そうな顔をした親父が立っていた。

俺が入ると、親父は突然「相談があるんだ。」といつもより険しい表情で話し始めた。
「外郎も知っての通り、あずき堂は経営が厳しい。そのため、店を閉めようと考えているが、どうしてもおばあちゃんは店を閉めたくないと言う。そこでお前に提案がある。」
 俺に?なぜこの俺に?
「最近ECサイト?とやらを始めるお店が増えているらしい。ウチもやってみて、ダメなら閉店しようと思う。で、そのECサイトを外郎につくつてもらいたいんだ。」
親父から仕事の相談事などされることがなかったため、突然こんな事を、俺は頭が回らなくなってしまった。
「ECサイト?何の話だ。そもそもあずき堂の経営は親父とばあちゃんがやっていたじゃねーか!どうして俺が!?」
「とはいってもなぁ。俺もばあちゃんもパソコンはできん。それにお前、暇だろう? 親孝行だと思って手伝ってくれよ。」
「そんなこと言われてもやらないからな。第一、俺にメリットが何一つないじゃないか。」
「わかったわかった。外郎ががんばってくれたらそれなりの報酬もあげるし、何よりばあちゃんが喜んでくれるぞ。」
ばあちゃんが喜ぶことに関してはどうでもいいが、今のバイトもそろそろ飽きてきてやめようかと考えていたところだ。家でやれるし楽そうだし、案外、この話を受けてみるのも悪くないかもしれない。どうせ暇つぶしだ。断るのもめんどくさいため、引き受けることにした。
「わかったよ。ただし、ちゃんと報酬はくれよな。」
親父は少し嬉しそうな顔で「ありがとう、頼むよ」といった。

 次の日から俺は、自宅でぼちぼち作業を始めることにした。安請け合いをしたが、そもそもECサイトってなんだ?親父もよくわかっていなかったみたいだが…。
調べてみると、要するにインターネット上であずき堂の商品を売り出せばいいということがわかった。とりあえず適当に無料ブログに登録し、ECサイトっぽいものを制作してみた。店でスマホ撮影した商品の写真を並べ、商品名と最低限の説明と価格、あとは店の地図を貼り付けりゃいいんだな…、こんなもんで俺的には完成ということにした。
ひと月が経過した。恐る恐るサイトを確認したところ、閲覧数は一桁の「9」。そのうち少なくとも3回は俺だ。もちろん注文など入っていない。考えてみれば当然だが、webサイトを公開したところでその存在が知られているわけでもないし、そもそも地元で商売していただけのあずき堂の認知度など、全国的には皆無だ。
 だが、このような結果になっても俺は何も思わなかった。あずき堂に対して何も思い入れがないからだ。売上にも貢献していないので、親父から報酬はもらえないかもしれないが、これ以上は何もやる気はしないし、やりたくない。一応親父にやれと言われたことはやったし、これでいいだろう。これでいいのだろう。
 親父には「俺はネットのことはよくわからないけど、店の存続がかかってるんだから、ぜひ売れる工夫をしてほしい」とかなんとか言われた気もするが、それでもやる気が出ないし、どうしてよいやら考えられない。きっと俺は「クズ」と呼ばれる存在なのだろう。そんな自分に少しは嫌気がさすが、それでもやる気は出なかった。

そんなある日、自分の寝床でグダグダしていると、電話がかかってきた。どうやら杏子からのようだ。珍しいと思って電話をでると、一刻を争うような口調の声だった。

「おばあちゃんが倒れた。」

 ここからの記憶は曖昧だが、俺は親父と急いであずき堂に向かった。事の経緯はこうらしい。いつもなら朝早くから親父とばあちゃんが一緒に和菓子を作る予定だった。しかし、その日は親父の体調が優れず、朝からあずき堂に向かえてなかったらしい。そんなとき、ばあちゃんが和菓子を作りながら倒れてしまったのだ。親父の体調があまり良くないことを知った杏子が、代わりに何か手伝えることがないかと考えて店に行くと、倒れているばあちゃんを見つけた。あわてた杏子は救急車を呼び、親父と俺に電話を掛けた。俺があずき堂に到着したころにはばあちゃんは救急隊員に囲まれ、青ざめた表情で震える杏子の横で、親父が今まで見たことない表情で、必死に声をかけていた。

 こんな一大事に関わらず、俺は何も行動ができなかった。今まで家族をないがしろにしていたため、どのように行動していいかわからなかったのだ。ただただ今ある状況を呆然として見ていることしかできなかった。そんな自分に嫌気がさした。

 ばあちゃんと親父は、取り急ぎ救急車で病院に向かった。俺と杏子はあずき堂の中で待っていることしかできなかった。そして、杏子は震える声で言った。
「私がもっと早くおばあちゃんを見つけてればこんなことにならなかったのかな…」
 その表情はひどく青ざめていて、後悔していることがわかった。
俺は何も言えなかった。どうせまだまだ元気だろうと思い、ばあちゃんを気にかけてすらいなかったのだ。そんな奴が声をかける資格などないのだと思った。

そこから何時間たったのだろうか。杏子は落ち着かないのか、立ってはその場を少しうろついたり、水を飲んだり、椅子に座ったりを繰り返していた。俺は椅子に座り自分の無力さを悔いることしかできなかった。そして、長い長い沈黙が続いた後、着信音が部屋中に響いた。どうやら杏子のスマホが鳴っていたらしい。杏子は深い息を吐いた後、覚悟を決めた表情をして電話に出た。

しばらくの沈黙が続いた後、杏子は笑顔と涙ぐんだ表情になり、俺の顔を見ながら嬉しそうな声で言った。
「ばあちゃん無事だって…!よかった。よかったよぉ…」
よく聞いてみるとその声は震えていた。安心したからかその場にしゃがみ込み、今ある気持ちを噛みしめているようだった。俺は、一言「よかった。」といった。ばあちゃんが生きていることに安心したが、それ以上の言葉を繋げようとしても喉に引っ掛かり、その気持ちを素直に声に出すことはできなかった。

親父からばあちゃんの詳しい容体を聞くことができた。どうやらばあちゃんは、過労のため倒れてしまったらしい。そこまで重症ではないが、血圧と脳疾患の検査が必要なため、大事をとって少しの間入院することになった。さらには「大事な話がある」ということで、親父は一回あずき堂に帰ってくることになった。
その時の俺はというと、とても後悔していた。自分自身のことは「クズ」だと思っていたが、ここまでの「どクズ」だとは思っていなかった。考えてみれば一緒にばあちゃんと暮らしているというのに、会話をもうしばらくしていなかった。ばあちゃんだけじゃない。親父と杏子とも、口喧嘩や一方的な嫌味を言われていたことはあったが、日常会話らしきものをしばらくした記憶がない。もっとばあちゃんや杏子、親父と会話する機会があったとしたら、ばあちゃんの健康状態に気づくことができたのではないか、と考えてしまった。こんな危機的な場面に立ち会わないと自分の考えを見直さない自分に、さらに嫌気がさした。

しばらくすると親父が帰ってきた。その表情はとても重苦しく、何かしゃべらないといけないとわかっていたが、俺と杏子はその空気に押され何も喋ることができなかった。
すると親父は俺と杏子の顔を見ながら、口を開けては閉じてを繰り返し、やっとの思いで口を小さく開け緊張感のある声で言った。
「さっき杏子に電話で言った通り、大事な話がある。おばあちゃんは過労で倒れたが命に別状はないようだが、大事をとってしばらく入院することになった。父さんがちゃんとばあちゃんのことを見ていればこんなことにならなかったかもしれない。本当に申し訳ない。」
その話を遮り、杏子が大きな声で「そんなことない。そんなことないよ。私のせいだよ。私毎日ばあちゃんのことを見ていたのに何も気づけなかった。本当にごめんなさい。ごめんなさい…」その声は今にも泣きそうな声をしていた。
その二人の言葉を聞いて驚いた。誰も「俺」のせいにしないのだ。二人が優しいからなのか、それとも俺を戦力としてみていないからなのか。どちらにせよ今ある自分がとても情けなくなった。そして、親父が続けた。
「とりあえず起こってしまったことを後悔しても仕方ないと思う。だから、これからどうしていくかという話をしよう。ばあちゃんは退院したとしても、いつまた倒れるかわからない。父さんの体調も最近よくないし、店は赤字続きだ。外郎が運営しているECサイトの調子も良くないようだ。そこでだ。大変いいにくいことだが…店を、あずき堂を畳むことにしたい。」と言い切った。
親父は今にでも倒れそうなほど顔色がよくない。苦渋の決断だったのだろう。杏子は、しばらくの沈黙が続いたのち下を向きながら、震えた小さな声で「仕方ないね…」と言った。そして、俺は反対する資格もないし、今更後悔しても何もかもが遅いということを痛感した。だから、一言「わかった。」と言った。

杏子と親父はひどく憔悴しきっており、動けそうな状態ではなかった。そのため俺がばあちゃんの着替えなど必要なものをもって病院に向かうことになった。どうやら、店を畳むことをばあちゃんには伝えていなかったらしく、そのことは俺が伝えることになった。正直、とても気が重かった。ばあちゃんは誰よりも「あずき堂」を愛していた。そんな人に対し、店を畳まなければならないことを伝えてしまったらきっと、悲しむ。ということだけ俺でもわかる。そして、俺がもっとECサイトの運営を頑張っていたら、ばあちゃんの容体を気にかけていたらまだ店は続けて行けたかもしれない。といった様々な「後悔」が頭の中に駆け巡った。

こんなことを考えながら歩いているとそこはもうばあちゃんが入院している病室の前だった。俺は深い息を一つ吐き、どんなことをいわれても仕方ない、どんなことを言われても受け止めようという覚悟を決め、病室のドアをノックした。

「失礼しまぁす」と、か細いで病室のドアを開け、部屋を覗いてみると、手前左のベッドに寝ていたのは当たり前だが、俺のばあちゃんだった。寝ていたらラッキーだなと思っていたが、こういう時に限ってそんな願いは叶わず、ばあちゃんは俺の姿を見ると優しい微笑み出迎えてくれた。
「よくきたねぇ。外郎。」
普段から家族とそうそう顔を合わせいないが、ばあちゃんとはさらに疎遠で、ちゃんと顔を見るのはかなり久しぶりに感じた。その姿は俺の記憶にあるばあちゃんより痩せていたが、笑顔は昔と変わらず心が温まり、ふと懐かしさを覚えてしまった。そのほほえみを見ていると、あずき堂を畳まなければならないことを伝えることがさらに申し訳ないという気持ちが深まっていった。
「着替えを持ってきたよ」
「ありがとう。外郎。さあこちらにおいで。少し話そうよ。」
俺はベッドのわきにある椅子に座った。ばあちゃんはさっきまで優しい微笑みを浮かべていたが、今はどこか申し訳なさそうな顔をしていた。そして、小さな声で言った。
「ごめんね。外郎。ばあちゃん倒れてしまったりして、もっとしっかりしていればこんなことにならなかったのにね。」
「そんなことないよ。俺のせいなんだ。俺がちゃんと家族と話していれば。」
「あらぁ。そんなこと思っていたの?あなたのせいではないわ。まあ、こんな話をし続けていても仕方ないし明るい話をしましょう。」
「えっと。ごめん。その前に話さなければいけないんだ。」
「なんか話したいことがあるのかい?」
閉店のことを語れば、ばあちゃんが悲しむことは確実だ。そんなばあちゃんを想像すると、もうばあちゃんのことを見ることができなくなってしまい、一回深い息を吐き、その後覚悟を決め、下を向きながら話し始めた。
「あずき堂、畳むことになってしまったんだ。本当にごめん。」
顔を見ていないためばあちゃんがどんな表情をしているかわからなかった。しかし、ばあちゃんは思いもよらないことを話し始めたのだ。
「私はねぇ…まだ、あずき堂を続けたいな。」
「え?ばあちゃんには悪いけど、これはどうすることもできないんだ。」
「それでも続けたい。」
「ばあちゃんだってわかっているだろう?あずき堂は赤字続きなんだよ。そして、ばあちゃんも頑張りすぎて倒れてしまったじゃないか。」
「それでも続けたいのよ。」
こんな頑固な反応をされるとは思ってもいなかったので、どうしていいかわからなくなってしまった。正直、悲しみながらも受け入れてくれると思っていたが、そんな様子は一切なかった。それどころかばあちゃんは、あずき堂をやめる気が一切ないことがわかった。自分がこのような状況になっても続けたい理由が俺にはわからなかった。だから、その理由を聞くことしかできなかった。
「なぜ、ばあちゃんは自分が体調を崩してまであずき堂を続けて行けたいと思うんだ?」
ばあちゃんは少し驚いた顔し、その後微笑んだ。
「当たり前じゃない。だって私は、あずき堂のことが大好きなんだから。」
その顔を見ているととても体調を崩している人のようには見えず、そこにあるのは何一つ不満などない幸せそうなばあちゃんの姿だった。その姿に驚いている俺を見かねてか、ばあちゃんは話を続けた。
「あずき堂ってさ、私だけのものじゃないんだよぉ。この商店街に住んでいる人達、来てくれるお客さん、死んだ金平じいちゃん、福、杏子そして、外郎にとってもあずき堂は大切なものていうことばあちゃんにはわかるよぉ。」
「いや、俺にとってのあずき堂は…」
ここからの言葉は口に出すのはやめた。それもそうだ。俺にとってあずき堂は疎ましいものでしかなかったからだ。それをばあちゃんに言えるはずがない。
言葉に詰まっているとさらにばあちゃんは話を続けた。
「金平じいちゃんが生きていたころ、よくあずき堂に来ていたじゃない。金平さんの和菓子を食べて、とても幸せそうだったよぉ。」
そうか…。おれば何故、そんな大事なことを忘れていたのだろうか。

ばあちゃんの言う通りだ。5、6歳ぐらいの時、俺は毎日のように杏子と一緒にじいちゃんの和菓子を食べに行っていたっけ。

俺はじいちゃんの作る和菓子が大好きだったのだ。

それだけじゃない。店ののんびりとした雰囲気、漂ってくる独特の香り、古いレジやショーケース、和菓子を買いに来る親子の楽しそうな姿、そして、じいちゃんとばあちゃんの笑顔、どれもみんな大好きだった。

そんなことを振り返って黙っていると、今、自分がどんな表情をしているかわからないがばあちゃんは俺の顔を見てほほ笑んだ。そしてまたばあちゃんが話し始めた。

「あずき堂を続けたいと思っているのは私のわがままということはわかっているよぉ。おばあちゃんね。外郎のこと全てわかっているわけではないけど、この思いは外郎も同じなんじゃないかなぁ。だから、年寄の最後のわがままだと思ってくれて構わないから、もう少し、もう少しだけ、頑張ってみないかい?」
そういうとばあちゃんは俺の両手を握りしめた。その手はとても暖かく、「まだ頑張れるよ」という意思を感じた気がした。

俺はうまく言葉が出てこなかった。
「考えてみる。ばあちゃんはゆっくりしててね。」
とだけ言い外に出ようとするとばあちゃんは笑顔で「いってらしゃい」と言ってくれた。

 


病院から帰ってきた俺は、店内でつけっぱなしにしていたパソコンの前に座り、大きなため息をついた。窓からはオレンジの光が差し込み、照明をつけていない薄暗い室内を照らす。商品が注文されているか、淡い期待をして受注管理のページを見てみるが、0件と表示されたままだった。このECサイトを立ち上げてから、月に1件注文があるかどうかという状況である。俺はこの時初めて、焦りというものを感じた。もしこのまま売上が低迷し続ければ、あずき堂は閉店ということになる。
「ばあちゃんのためにも売上を伸ばしたいけど、どうしてうまくいかないんだろう・・・。」
いつの間にか傍にいた黒猫に話しかける。可愛がってくれる小豆ばあちゃんが入院してここにいないのにもかかわらず、毎日勝手に日向ぼっこしに来ていた。普段なら俺を見るとすぐ逃げるが、なぜかその日は逃げなかった。不思議に思いながらも、俺は他人に言えない悩みを猫にぶつけた。
「あーーー、俺はどうしたらいいんだろう。」

すると、突然黒猫の透き通った目が光った。
「僕の力をわけてあげるにゃ。」
不思議なオーラを放つ黒猫は、俯く俺を見上げながら人間の言葉を喋った。普段からあまり可愛げのない鳴き声をしているが、その独特な声はあの黒猫のものだ。
「え、しゃ、喋った!?」
黒猫の言葉の意味が理解できたことに俺は困惑していた。ついに自分はおかしくなってしまったのだろうか、と考えた。このところのゴタゴタでよほど疲れているのか、あるいは夢でも見ているのかと思ったが、一応訊ねてみた。
「お前って、ばあちゃんによく懐いてた黒猫だよな?」
「お前じゃないにゃ。もしかして外郎は僕の名前を知らないのかにゃ?お父さんもおばあちゃんも妹ちゃんも僕のこと名前で読んでくれてるのににゃー。」
ゲゲ、やっぱり喋ってる。
「えっ!お前、名前付いてたの!?」
「名前を知らないなんて、外郎はやっぱり情けないにゃー。」
人を馬鹿にするようなことしか言わない憎たらしい猫は、どうやらいつも俺を見かけると猫パンチしてくるアイツと同一人物、いや同一猫物のようだ。人間の言葉を話しているが、外見はいつもの黒猫のままである。
「可哀想だから教えてやるにゃ。僕の名前はサカエモ。」
「サカエモン?」
「サ、カ、エ、モ!!」
シャーと牙を剥き出しにしながら威嚇してきた。よほど名前を間違われるのが嫌いらしい。

猫が人間の言葉を平然と喋る状況に驚いて固まっている俺を他所に、黒猫はテーブルの上に軽々しく飛び乗り、パソコンをじっと見つめた。
「これがお前の作ったECサイトかにゃ?」
「そ、そうだけど。」
黒猫は青白い光を放つ画面に近付き、前足を使いながら器用にマウスを動かす。サイトの背景はなぜだかレインボーで、目がチカチカして見る気がなくなる。商品ページを見ても写真の大きさからしてバラバラで、ごちゃごちゃしていてわかりにくい。あとは投げやりな商品説明。まるで5分で作ったかのような雑さが目立つサイトに、黒猫は顔をしかめた。
「よくこんなもの全世界に公開できたにゃ。ひどすぎて言葉もでないにゃ。」
 言葉も出ないって、猫のくせに喋ってるじゃねーか…。
「は?いきなり何言い出すんだよ。俺がせっかく作ってやったのに。」
「サイトデザインがダサすぎるにゃ。ダメなサイトの模範みたいにゃ。それにこんなんじゃ商品を買いたくても買えないにゃ。」
否定ばかりされて腹を立てた。親父に頼まれて仕方なくECサイトを立ち上げてやったというのに、どうして猫ごときに文句を言われなければならないのか。
「うるせえな。サカエモには関係ないだろ!」
猫に怒鳴りつけると、俺は即座に猫パンチを食らった。
「アドバイスしてあげてるんだから静かに聞くにゃ。それに僕にも関係あるにゃ。」
いつもより強めの猫パンチを食らった左頬を擦りながら、黒猫に問う。
「関係ってなんだよ?」
「小豆ばあちゃんは捨て猫だった僕のことを助けてくれたんだにゃ。だから僕は小豆ちゃんが大切にしているあずき堂を守りたいにゃ。それにお前のおじいちゃんにも・・・いや、なんでもにゃい。」
何かを言いかけたが黙ってしまった。
「とにかく、このサイトを作り直す必要があるにゃ。」
「作り直すって言われてもどこを直したらいいか・・・。」
自分が作ったサイトを見てみるが、特に問題がないように見えた。強いていえば少しデザインがダサい気がするが、急いで作ったわりには上出来だろう。
「まず、レイアウトも直さなきゃいけないけど、それよりも大事なのはお客さんに買いたいって思わせることにゃ。」
「お客さん、か。」
考えてみれば、このサイトを作った時は、お客さんのことなんて気にしていなかった。ただ商品を並べて、買えればいいと思っていた。サカエモに言われて初めて気付いた。
「あと、決済方法がクレジットしかないのもどうかと思うにゃ。お客さんの立場になって考えてみるにゃ。それから商品の紹介が雑すぎるにゃ。このどら焼きの写真なんて不味そうに写ってるにゃ。説明も素っ気なくて、どんな商品が届くのか怖くて買えないにゃ。」
サカエモが言うことはどれも的確で、俺はいつの間にかメモをとりながら話を聞いていた。ただの黒猫だと思ってたのに、俺よりもずっと知識がある。俺は誰かに文句を言われたらすぐ腹を立ててしまうが、サカエモが言うことはなぜか素直に聞き入れることができた。こんなに真剣に他人の話を聞くなんて何年ぶりだろうか。サカエモが不思議な力を持っているからちゃんと話を聞けているのかとも思ったが、それはきっと違う。俺の中で、あずき堂は絶対に畳みたくないという気持ちが強くなっているからだ。

夢中になってサカエモのアドバイスを聞いていたら、外はすっかり暗くなっていた。
「はあー、結構疲れたにゃー。」
サカエモは、俺が大きめのお皿に入れてあげたミルクを飲みながら一息つく。そんなサカエモを見ながら、敵意むき出しじゃなければ意外と可愛いんだな、と思った。
「ごちそうさまにゃ。それじゃ、僕はそろそろ失礼するにゃ。」
前足をそろえてごちそうさまのポーズをする。
「え、もう帰っちゃうの?」
「これから僕は行きつけの居酒屋に行くんだにゃ。」
おっさんかよ、やっぱり可愛くないなと思った。ミルクじゃなくて水道水にすればよかった。玄関に向かってトコトコ歩くサカエモを見送りに行くと、猫はくるりと振り向いた。
「そうだ、言い忘れてたことがあったにゃ。」
「まだ何か話があるの?」
「これはECサイトとは関係にゃいんだけど、なんかあずき堂には目玉になる商品がないんだにゃー。」
「目玉・・・?それってウチの商品がパッとしないってことか?」
「大体のお店には『ウチといえばコレ!』っていう商品があるんだけど、あずき堂にはない気がするんだにゃ。まあ気のせいかもしれないにゃ〜。それじゃばいばーい。」
話すだけ話してトコトコと夜の街へ消えていってしまった。しかもなんだかはっきりしない話で、もやもやしてしまうじゃないか。サカエモは改善点を教えてはくれるけど、具体的な策までは教えてくれない。多分自分で考えてみろ、ということなんだろう。だけど、自分一人ではどうしていいかわからない。改善すべきところをピックアップされた走り書きのメモを見てみるが、知識がない俺は何も思いつかない。あずき堂に関してずっと家族に任せっきりだったから、商品がパッとしないと言われても難しい。

困った俺は、知識がありそうな人に頼ることにした。その人物とは、俺の妹である杏子だ。確か大学で、経営学の勉強をしていると言っていた気がする。少なくとも俺よりは経営に関する知識があるだろう。妹に頼るなんて俺のプライドが許さないが、今はあずき堂の存続がかかっており、そんなこと言ってられる場合ではない。
夕食後、杏子の部屋をノックした。
「杏子、俺だ。ちょっと話があるんだけどいいか?」
ガチャリとドアが開き、隙間から不機嫌そうな杏子の顔が見えた。
「話って何。今外郎と話す気分じゃないんだけど。」
普段もそうだが、俺と目を合わせようとしない。特に今日はいろいろあったから複雑な気分なんだろう。こっちもなんだか話しにくい。
「実はあずき堂について相談したいことがあるんだ。」
「あずき堂ならお父さんが畳むことにしたって言ってたじゃない。」
「それは聞いた。だけど俺はあずき堂を存続させたいんだ。」
すると、杏子はびっくりしたかのように目を、見開き俺の顔を見る。
「はあ?いきなりどうしちゃったの。今まで手伝いもしてこなかったじゃない。」
「それはそうなんだけど・・・。今日ばあちゃんと話したんだけどさ、ばあちゃんにとってあずき堂は宝物なんだ。だから宝物を守ってやりたくてさ。そしたらばあちゃん元気になってくれるだろうし。」
素直に自分の気持ちを話すなんて滅多にしないから、全身から汗がふき出そうになった。
「そうよね、私もあずき堂をなくしたくない。だってたくさんの思い出がつまっている大切なお店だもの。」
その返事を聞いて俺は安心した。杏子は小さい頃から店の手伝いをしていたし、俺より思い入れがあるはずだ。
「いいよ。相談に乗ってあげる。」
入って、と杏子が部屋の中に入れてくれた。久しぶりに入るからなのか、知らない人の家みたいだ。緊張して変な歩き方をしてしまう。
「何でそんなに挙動不審なのよ、気持ち悪いわね。で、相談って?」
「あずき堂サイトの改善点を見つけたんだけど、俺だけじゃどうしたらいいかわからないから杏子にも協力してほしいんだ。ほら、このメモ。」
「うわっ。字汚い。」
俺が走り書きしたメモを受け取ると、杏子は汚い字に苦戦しながらじっくり読んだ。
「なかなかいいこと書いてあるね。これ外郎が気付いたの?」
「いや、あの…。実はサカエモが今日教えてくれたんだ。」
「サカエモが?どうやって教えてくれたのよ。」
「喋ったんだ。」
「は!?猫が喋るわけないでしょ?本当に頭がおかしくなっちゃったのね・・・。」
杏子はサカエモが喋ったことを信じてないようだ。まあ、無理もないか。それが普通の反応なのだろう。
「まずこの『決済方法を増やす』について質問があるんだけど、外郎が作ったECサイトはどんな決済方法があるの?」
「クレジットカードだけだよ。」
「それじゃクレジットカード持ってない人が買えないじゃない!代金引換とかキャリア決済とかコンビニ払いとかいろいろあるでしょう?」
「そっか、そういうのがあったね。杏子今のもう一回言って。」
やっぱり杏子に相談して正解だった。俺では思いつかないことがポンポン出てくる。杏子が出してくれた案を、問題点を書き出したメモになるべく綺麗な字で書き足していく。
「運用面とかコストも考えなきゃいけないから、たくさん決済方法があればいいって訳じゃないけど、決済方法の手段が多い方がお客さんも購入しやすくなると思うな。」
「メリットとデメリットも考えなきゃいけないのか。あとで親父にも相談してみるか。」
店を畳むと決めたのは親父の独断だが、それは赤字続きでこれ以上手の施しようがないと考えたからだろう。でも、親父だって心のどこかでは店を辞めたくないと思っているはずだ。じいちゃんが亡くなってから今までずっと店の経営をし続けてきた親父なら、経験から得たアイデアやアドバイスをしてくれるだろう。

「外郎、ちょっとECサイト見せて。」
そう杏子に言われ、俺は部屋からノートパソコンを持ってきて自分が作ったサイトを見せた。
「ちょっと!なにこのクソダサデザイン!外郎って本当にセンスないわね。」
「し、仕方ないだろ!急いで作ったんだし。」
「あとで私が見やすいようにデザイン変えてあげる。それより肝心の商品ページは?」
「えーと・・・あれ、どこだっけ。あ!ここだ。」
自分で作ったサイトなのに、商品の紹介と購入ができるページへ飛ぶボタンがわかりにくいところにあり、すぐ見つけられなかった。俺がもし客側だったらイライラしてしまうだろう。俺の様子を見ていた杏子はため息をついた。
「商品ページもすぐ見つけやすいところに配置しなきゃダメね。・・・ところで商品の紹介はこれだけ?」
「そ、そうだよ。スッキリしてたほうがいいかと思って、あはは…」
本当はこのページを作る時、面倒だったし、あまり商品を調べなかったので、紹介文はごく短いものになっていた。「甘くておいしい」とか「おすすめ!」「一番安い!」など、そりゃあ薄っぺらい内容の紹介だ。
「あのね、ネットショッピングはお店に行って買い物をする時と違って、自分の目で確かめられないの。だからできるだけ細かい情報が必要なの。例えば、栄養成分やアレルギーの表示とか、どのくらい賞味期限があるのかとか、こだわりの部分とか、贈答用に人気とかね。」
サカエモも言ってたけど、たしかにこの紹介文だけじゃどんな商品なのかわかりにくくて買いづらい。俺もネットショッピングする時は詳細説明まで見て、商品の写真が複数枚あってどんなものか想像できるもの購入する。過去に、イスを買おうと思って安いものを選んだら、届いた商品が人形用のミニチュアサイズだったことがある。そういった失敗からネットショッピングでは慎重に商品を選ぶようになった。俺はお客さんの立場になって考えるという一番大切なことを忘れていた。
「写真もさ、和菓子の表面だけじゃなくて半分に切った断面もあったほうがお客さんもわかりやすいのかな。」
ふと思いついたことを口に出す。
「そうよ!それいいね。あずき堂はあんこがぎっしり詰まっているところが自慢だもの。」
もし俺が客だったらどうしてほしいかを考えてみると、馬鹿な自分でも案が出てきた。その後も、次々に出てくる杏子と俺のアイデアをメモに書き溜めていった。

「そういえばさ、サカエモが気になることを言ってたんだ。」
「また猫が喋ったって話?」
話がひと段落ついたところで、俺と杏子はお茶を飲んで休憩した。普段は俺と一緒にいることさえ嫌がっていたため、こうして二人でお茶をするなんて、まるで記憶にない。一息ついてる時、サカエモが言ったあのことをふと思い出した。
「なんかさ、ウチには目玉になる商品がないんだって。」
杏子の動きが固まった。何か考えているようだ。
「うーん・・・言われてみればたしかに目玉商品がないかも。どれもおいしいんだけどね。」
ウチは羊羹から団子、大福、おはぎ、栗かのこ…と幅広く商品を展開しているが、ものすごく人気のある一押し、看板商品がない。
「解決策は何か一つ絞って改良するか、新商品を作り出すか・・・。私もよくわからないな。」
「まあ、気のせいかもって言ってたし、別にいいんだけどさ。」
口ではそう言うが何か心に引っかかる。あの猫、どうして最後にこんなモヤモヤすること言うんだろう。

それから数日、俺はサカエモと杏子に指摘された部分を中心にECサイトを作り直した。あのひどいデザインは、フリー素材を使って杏子が和菓子屋らしいやわらかな色合いのデザインに変えてくれた。決済方法や和菓子の説明についてわからないところは、勇気を出して親父に相談した。俺が和菓子屋を存続させたいと言ったら、最初は驚いて反対された。でも、病室で話したばあちゃんみたいに諦めず言い続けてたら、熱意が伝わり、協力してくれるようになった。商品紹介のページで使う和菓子の写真も、親父が大事にしていた一眼レフカメラを貸してくれたおかげでおいしそうな写真が撮れた。

俺は作業に熱中して疲れたので近所を散歩しようと外に出た。すると、八百屋の前であの黒猫を見つけた。
「あ!サカエモ!」
作業している間はなぜかあずき堂に来なかったので、こうして会うのは数日ぶりだ。嬉しくなってサカエモに駆け寄ると、くるりとこちらに振り向いてくれた。
「聞いてよ!ECサイトを作り直してるんだけど、お前…じゃない、サカエモのおかげでいいものが作れそうなんだ!」
しかしサカエモは、にゃおーんと鳴いただけだった。あれ、前みたいに話してくれないじゃん、なんで喋らないだろう??と考えこんでいると、後ろからヒソヒソと若い女性同士の会話が聞こえてきた、
「なにあれ、ヤバくない?」
「大丈夫かな。」
まずい。俺は今完全に不審者だ。間違いなく、猫に話しかける頭がおかしい男だと思われてる。これは今すぐ逃げなきゃと思った、その時。
「きゃ〜!なにこの黒猫。かわいい〜!」
「本当だ!食べちゃいたいくらいかわいい!」
女性達は黒猫に近寄り、かわいいと連呼しながらスマホで写真を撮っていた。その瞬間、俺は何かを思いついた。サカエモがかわいい・・・。食べちゃいたいくらい・・・。そうか。そうだ!

走ってあずき堂に戻り、奥の作業場にいた親父に話しかけた。
「親父!黒猫をモチーフにした和菓子を作ってくれ。」
「黒猫?」
「さっきサカエモが若い女性達にかわいいって言われてたんだ。だから黒猫の和菓子を作ればきっと若い人も買ってくれる。ウチってお客さんの年齢層が高いだろ?」
親父は作業を一旦止め、話を聞いてくれた。
「外郎から和菓子のアイデアを出してくるなんて初めてじゃないか。そうだな、ウチには若い人向けの商品がなかったし、黒猫をモチーフにするのは面白い。これが最後の新作を出すチャンスかもしれないし、作ってみようか。」

そして、親父の作業の合間に新商品について話し合ったり、試作品を作ってみたりする日々が始まった。「黒い和菓子」ということで、練り切りや羊羹などを作ってみたが、あまりピンとくるものがなかった。
「若い人にも興味を持ってもらえるような和菓子って難しいなぁ。」
ボツになった試作品の前で親父がつぶやいた。試作品の味はいいが、若者にウケるかといったら…正直、微妙だった。
「もっと目を惹くような奇抜な和菓子ってないの?」
ふと疑問に思ったことを聞いてみた。あずき堂にある商品は新しさを感じるものがほとんどなく、小さい頃から古臭いと思っていた。最近は洋菓子みたいな和菓子を他の店で見かけることがあり、ウチもこういうの始めたらいいのに、って自分の中で考えていた。
「そうだなぁ。若い人には新鮮みを感じるものじゃないと興味を持ってもらえないよな。でも、ウチは創業から昔ながらの味を大切にしてるんだ。これだけは父さんどうしても守りたいんだ。」
親父は真剣な眼差しでそう語った。なるほど。だから昔からあるような懐かしい和菓子しか置いていないのか。俺は初めて親父やじいちゃんが貫いてきた思いを知った。

「きっとそれがウチの個性であり、あずき堂というブランドが表現したいことだよね。」
急に後ろから杏子の声が聞こえ、俺はびっくりして体が飛び跳ねた。
「いつから居たんだよ・・・。」
「なんかいつもと違う匂いがしたから、何作ってるのかなーって覗きに来たの。」
いつの間にか大学から帰ってきていた杏子は、試作品を見て「おいしそう!食べていい?」と目を輝かせて、親父が許可する前に手を伸ばしていた。親父が「いいぞ」と言うと、もぐもぐ食べ始めた。
「ん〜、おいしい!でもこれボツなんでしょ?」
「うん。味は悪くないけど普通すぎて、これじゃ売り出したところで買ってくれる人は少ないと思う。」
「そうなんだ。たしかにこれはお客さんにインパクトを与えるかっていうと微妙よね。」
食べかけの試作品を見つめながら、杏子は考え事をしているようだった。
「うーん・・・昔ながらの味を守りつつ、看板になるような和菓子ってないかなぁ。」
俺も親父も杏子も、何かいいアイデアがないかとひたすら考えた。親父は和菓子職人だし、杏子はずっと手伝いをしてきたから二人とも和菓子に詳しいが、俺には知識がない。子供の頃に団子屋の倅だといじられて以来、和菓子に対して嫌悪感すら沸いて、なるべく関わらないようにしてきた。和菓子に興味もなかったし、これからずっと和菓子とは無関係の人生を歩むと思っていた。そんな自分が今更和菓子と向き合おうとしてるなんて、おかしな話だ。だが、俺は今人生の中で一番本気になって物事に取り組もうとしている。それは、ばあちゃんがあずき堂をどれほど大切に思っているかを教えてくれたからだ。でもここまで本気になれたのは、ばあちゃんの思いだけじゃない。俺が小さい頃、じいちゃんの作る和菓子が大好きだったことを思い出させてくれたのも理由のひとつだ。大好きなあの味を、俺も守りたい。

「そういえば、昔じいちゃんが餡子にはすごいこだわりがあったよね。」
じいちゃんのことを思い返していたら、以前餡子への愛を語っていたのを思い出した。
「あーなつかしい!『ワシは餡子王になる!』とか馬鹿げたこと言ってたね。毎日いろんな餡子を味見しすぎておばあちゃんに止められてたっけ。」
新商品のアイデアがなかなか出なくてどんよりとしていた空気が、じいちゃんの話題になると明るくなった。杏子は小さい頃からじいちゃんの和菓子が大好きで、俺と一緒によく食べていた。
「たしかにウチの餡子って、すごいうまいんだよなぁ。」
以前コンビニで買ったあんパンが、あまり美味しくないと思ったことがある。それはじいちゃんがこだわって作った餡子を食べ慣れたせいだ。あずき堂の餡子は他の店に負けないくらいおいしいと自分の中では思っている。
「当たり前でしょ。じいちゃん、なぜか小豆に執着してて、原産地だの品種だの塩加減だの茹で方だのと、熱心に研究してたじゃない。」
「父さんも、じいちゃんからは餡子の作り方については厳しく指導されたな。じいちゃんはもういないけど、餡子の最高のレシピを遺してくれたおかげであの頃と同じ味を続けられてる。」
2人の会話を聞いて俺は気付いた。そして咄嗟に叫んだ。
「餡子がウチの自慢なら、餡子が主役の商品を作るべきだよ!」
急に大きな声で喋ったため、親父と杏子はびっくりしてこっちを見た。そして俺の話を聞いた杏子はこう問いかけた。
「餡子が主役?それって餡子をしっかり味わってもらえるような和菓子ってこと?」
「そう!餡子ならお客さんに絶対おいしいって感じてもらえるはず。だから餡子をメインにした黒猫モチーフの和菓子はどうかなって今思ったんだけど。」
今まで新商品のアイデアが浮かばなかったのに、急に電流を浴びたようにビビビっときた。自分の中で初めて具体的な案が出てきたことに俺はすごく興奮した。
「餡子にスポットを当てるのはいい戦略かもしれないな。」
顎に指を当てながら考えていた親父が静かに呟いた。
「饅頭か?・・・いや、それじゃ面白みがないな。」
どうやら餡子を主役にした和菓子を何にするか考えているようだ。そこに、杏子が突然提案をしてきた。
「最中なんてどう?」
「最中?なんか普通じゃない?」
「ただの最中じゃなくて、自分で餡子をはさんで食べる最中よ。以前ウチに『最中の皮がしっとりしすぎてる』ってクレームがきたことあるじゃない。だからパリパリのまま提供できるように皮と餡子をわけたらいいと思ったの。」
杏子が言うには、皮と餡をわけた状態で販売し、食べる時に自分で量を調節しながら餡を挟むらしい。それを聞いて俺は正直、かなり面白いアイデアだと思った。たしかに、餡を挟んだ状態で時間が経てば、皮のパリパリ感が薄れてしまう。セパレートして売ることによってその問題を解決できるし、自分で挟んで食べる楽しさも増える。さらにあずき堂自慢の餡子に注目してもらえる。なかなかいい案じゃないか。
俺たちの会話を聞いていた親父は、滅多に見せない笑顔でこう言った。
「よし、せっかく2人が考えてくれたんだ。絶対に売れる最中を作ろう。」

俺と親父と杏子の3人で商品の構想を練って、翌日から最中作りが始まった。話し合いの中で、どうやって最中の皮を黒くするかが一番悩んだ。なかなか意見が出なかったので、俺が「イカ墨」と言ったら即却下された。結果的に、和菓子に合うという理由で黒ごまを使用することに決まった。皮の形はもちろん猫だ。俺と親父は100%絵心がないので、イラストが得意な杏子が猫の型をデザインした。
「よし、餡子も皮も完成したぞ。」
じいちゃんが遺していった秘伝のレシピで作った餡子は、ふっくらつやつやして宝石のようだ。つぶあん派こしあん派それぞれのお客さんのニーズに応えるため、どちらも用意した。そして猫型の皮も黒ごまの香ばしい香りがする。
「ねえ、食べていいでしょ?」
杏子は出来上がる前からそわそわして、新作を食べたがっているのが丸わかりだった。
「それじゃ、みんなで味見してみようか。」
俺は丸みがかった猫の形の黒い皮を手に取り、ほかほかの餡子をたっぷり乗せた。口に入れると、パリパリッと軽い音をたてて黒ごまの香りが漂う。そして懐かしい記憶がよみがえってくる。ああ、この餡子は間違いなくじいちゃんの味だ。
「すっごくおいしい!餡子のおいしさが際立ってるよ!」
杏子は最中を頬張りながら興奮気味に話す。父さんは黙々と食べていたが、コクリとうなずき「これならいける。」と呟いた。3人全員が、この黒猫をモチーフにした最中なら売れるはずだと信じた。

俺は自分の部屋に戻ってパソコンを立ち上げ、ECサイトの編集ページを開いた。明日から発売されるネコ最中をたくさんのお客さんに買ってもらいたいと思い、サイトを開いて一番目立つ場所に最中の紹介を載せた。でも、これだけでお客さんは買ってくれるのだろうか。もっといろいろ宣伝したいが、ウチには広告を出すお金がない。
「はー、どうするかなぁ。」
ちょっと頭を休めようと、スマホを手に取った。いつものように、学生時代の友人のSNSをサーっと流すように見ていく。もちろん、リア充な奴と成功者の自慢話はスルーする。その中で、ロクなコメントもなく飼い猫の写真を貼り付けただけなのに、100超の「いいね!」がついている投稿を発見した。
「へー。なんかこれサカエモに似てるな。」
ただの猫なのに、かわいいという理由だけで「いいね!」が拡散されている。ウチもこんな風にバズったらなぁ、と思った。いつもならここから、2時間くらいは動画サイトに嵌ってしまうはずの俺だが、このときばかりは違った。
「ん・・・?そうか、あずき堂もSNSアカウントを作ればいいのか。」
最近は企業の公式SNSアカウントがあり、新商品を紹介したりクーポンを配布したりしているのをよく見かける。ウチも真似して開設してみたら、もしかしたら誰かが見てくれるかもしれない。
さっそく、あずき堂のSNSアカウントを作成した。アイコンは、最中の型を作る時に杏子がデザインした猫のイラストに、「あずき堂」のロゴを入れたものに設定した。プロフィールには店の紹介や住所、ECサイトのURLを入れた。そして先ほどECサイトに載せた最中の紹介文を簡略して、写真と共にSNSへ投稿した。開発のエピソードも、ちょっとばかり紹介した。多くの人に見てもらうため「#猫」というハッシュタグも付けた。和菓子に興味がなくても猫なら注目してもらえるかも、と期待を込めて、である。

 

「甘井小豆さん、どうぞー。」
看護師さんに呼ばれて診察室に入る。今日は待ちに待った退院の日だ。ドキドキしながら医師の診察を受ける。
「うん。問題ないですね。退院おめでとうございます。」
その言葉を聞いて安堵した。
「よかったぁ。先生、ありがとうございます。本当にお世話になりました。」
やっとあずき堂に帰れる。長い期間あずき堂を抜けたことがなかったから、お店がどうなっているのか四六時中気になっていた。…外郎は店を継続させることを考えてみると言っていたけれど、難しいだろうねぇ。あの時は私がわがままを言ってしまったから、気を遣った言葉をかけてくれたのだろう。もし、店がなくなっていても、家族が元気でいるのならよしとしなくちゃね。
考え事をしながら病室の荷物をまとめていると、廊下から軽やかな足音が聞こえてきた。
「おばあちゃん!迎えにきたよ!」
「あら杏子ちゃん、来てくれたのね。おばあちゃんとっても嬉しいわ。」
「本当はお父さんが迎えに行くはずだったんだけど、ちょっと用事があって私が代わりに来たの。そうだ、荷物まとめるの手伝うよ。」
杏子はそう言って私の荷物をまとめ始めた。本当にいい子で、私の自慢の孫だ。

「そういえばお店は大丈夫かい?」
入院している間ずっと気になっていたことを聞いてみた。すると、荷物をまとめている杏子の手がピタッと止まった。
「おばあちゃん、それは帰ってからね。」
たった一言だけが返ってきた。こちらからは表情が見えないから、その答えが良いのか悪いのかがわからない。やっぱりあずき堂を畳むことになっちゃったのかしら。ますます不安になってきたが、杏子にも事情があるだろうし、もうすぐ家に帰れるのだからこれ以上聞かないことにした。

「ただいま・・・あら!」
あずき堂に着くと、驚くべき光景が広がっていた。なんと、あずき堂が老若男女問わずたくさんの人で賑わっていたのだ。店の外に並んでいる女子高生もいた。店内には、忙しそうに接客をする大福と外郎の姿があった。
「あ!ばあちゃんおかえり!」
私に気付いた外郎が、笑顔でこちらに手を振ってきた。今まで店の手伝いを嫌がってしてこなかった子が、一生懸命お客さんへ対応している姿を見て、何かの間違いじゃないかと目を疑った。
「一体何が起きているんだい?」
「ばあちゃん、これ親父と杏子と俺の3人で考えた新商品なんだ。よかったら食べてみてくれないかな?」
厨房のほうから何かを取り出し、私のほうに持ってきた。差し出された手の上には黒猫の形をした最中の皮と、ツヤツヤの餡子がそれぞれ包装された商品があった。
「まあ!もしかしてサカエモかしら。これ外郎たちが考えたの?」
店内の休憩スペースに腰掛け、外郎に渡された最中の包装を開ける。改めて店の中を見渡すと、信じられないくらいたくさんのお客さんで賑わっており、そのほとんどが黒猫をモチーフにした最中を購入している。いまだにその光景が信じられず、夢をみているかのような感覚のまま、皮に餡子を乗せて最中を一口食べる。

口に入れた瞬間、亡くなった夫のことを思い出した。あの人は私の名前でもある「あずき」にすごくこだわっていて、金平さんが作る餡子は世界一おいしかった。その餡子がこの最中にそのまま再現されている。様々な感情が溢れてきて、気付いたら涙が流れていた。

「ばあちゃんどうしたの!?もしかしてあんまりおいしくなかった?」
「いいえ、とってもおいしいわ。この餡子がおじいちゃんの味がして嬉しくなっちゃったの。」
涙を拭いながら外郎に微笑みかける。
「よかった。俺、あずき堂のECサイトも頑張って作り直してみたんだ。ばあちゃんにはちょっとわからないかもしれないけど、ほら見て。」
外郎がノートパソコンを開き、画面を私に見せてきた。すっきりした配置で、和菓子屋らしく和風なデザインのサイトだった。インターネットには詳しくないが、あずき堂にぴったりなサイトであることは私でもわかった。
「よく頑張ったのね。この和菓子の写真はお父さんのカメラを借りたのかい?」
「そうだよ。商品の紹介を改善したり、支払い方法を増やしたりしたおかげでサイトからの注文もかなり増えたんだ。」
画面に指をさしながら、改善したところや工夫したところを私にわかりやすく教えてくれた。
「あずき堂のSNSアカウントも作って、仕込みの様子とかサカエモが遊びに来た時の写真を日々発信しているんだ。この投稿にアクセスしたお客さんが興味を持って、商品を購入してくれたこともあるんだよ。」
孫の語るカタカナ言葉はよくわからなかったけど、生き生きとしながら話す外郎を見て、思わず頭を撫でたくなった。
「立派に成長したねぇ。」
「やめてよ。ちょっと、恥ずかしいって。」
突然頭を撫でられた外郎は、口では嫌がっていたが表情は嬉しそうだった。

 

エピローグ
 
俺はまた夢を見た。
これはきっと俺が幼かった頃のものだ。
 
俺は毎日、毎日起きたらすぐに外へ駆け出し、全力でさかえ通りを走っていた。
いつも向かう先は「あずき堂」だった。店につくと俺は勢いよくドアを開けた。
 
「おはよう!じいちゃん!」
「よく来たねぇ。外郎、おいしい和菓子があるよ。」
「食べる!いっぱい食べたい!!」
 
そう。そうだった。俺はじいちゃんのことが大好きだった。
じいちゃんが作る和菓子、じいちゃんが和菓子についいて熱心に語る姿、そしてなにより、俺と喋っているときに見せるじいちゃんの笑顔が大好きだったのだ。
 
「こっちにおいでぇ外郎。新作の和菓子があるよ。」
いつもこうやって店が開店する前に和菓子を食べながら、じいちゃんとお喋りするのが日常だった。
 
じいちゃんは俺の姿を見るととても驚いた顔をしていた。
「外郎。大きくなったねぇ。立派な大人だぁ。」
「ああ、そうだね。でも、見た目だけは成長してしまったよ。でも中身はどうしようもないクズさ。むしろ退化してしまったよ。」
「そんなことないさぁ。みていたよ。」
「え?」
「外郎があずき堂やみんなのために行動していて、じいちゃんうれしかったよぉ。」
「いやぁ、俺は何もしてないよ。みんながいてくれたからできたことなんだ。」
「一人で頑張る必要なんてないのさぁ。誰かと協力して進めるってのは、まあ時には仲たがいや嫌な気分になるときもあるかもしれない。でも、それ以上に成し遂げたときの嬉しさや達成感は何にものにも替えがたいものがあるんだよ。」
 
じいちゃんの言葉が違和感なく心に響いた。俺はじいちゃんがいなくなったときの悲しみを再び味わいたくないという理由で人と深い関係性を築くことに抵抗があったのかも知れない。
 
しかし、今回いろんな人と関わり、それに伴いうまくいかないことや多くの困難があった。その困難を乗り越えた先には、俺が今まで経験してこなかった達成感や喜びを分かち合うことができた。
 
今まで俺は、特に何にもない平坦な人生を歩んできて、これからもそう生きていくと思っていた。そんな自分がこんな経験をして喜んでいるなんて変な気分だ。そんなことを考えているとまた笑ってしまった。
 
「じいちゃん、たしかにそうだね。いい経験ができた気がするよ。」
「案外人と関わるのもいいものだろうぉ。じいちゃんも小豆とサカエモに助けられたなぁ。」
「え!?じいちゃんも。」
「そっか。外郎には言ってなかったかぁ。あずき堂は長年やってきた中で、今回のように全く売れなかった頃があったのさ。どうすることもできなくて、神棚にお願いするしかできなかったのさぁ。どうか、どうか。みんなに希望を与える和菓子を作れるようになりたいとね。そしたら、『一人で抱え込むにゃー。』ていう声が聞こえた気がしたんだ。その声が聞こえた方向を見たら、一匹の黒猫がじいちゃんを横目にアクビをしながら去っていったという話さぁ。」
じいちゃんはクスリと笑い、話を続けた。
「恥ずかしながら、そのときまで人を頼るだなんて情けないと考えていてねぇ。誰にも相談せずに店をやってきた。でも、このままでは店がつぶれてしまうと考えて、商店街の人や取引先の職人さんなんかとも相談することにしてみたんだぁ。福と真剣に話をしたのもこの時だった。するとどうだい。一人で考え込むより、みんなで解決していった方が気も楽になるし、追い込まれなくなったんだよぉ。」
 
じいちゃんは俺の目を見て話を続けた。
「『一人で抱え込むな。』とは、単純なことだけどとても大事なことでだなぁって。それに気づかせてくれたサカエモには感謝しないとねぇ。まぁ、今となっては本当にサカエモが言った言葉かはわからないけどねぇ。ハハ。」
「俺たち似た者同士だったんだな。じいちゃんは色んな人に愛されていたと思ってたんで、意外だったな。そんなどうしようもない俺たちをみてサカエモは助言してくれたのかもしれないなぁ。」
「そうかもなぁ。」
俺たちはお互いの顔見あって笑った。久しぶりにまったりとした時間を過ごせた気がした。
 
「そろそろ時間だなぁ。」
じいちゃんは席を立ちあがり、俺に手を振った。
「久しぶりに話せてよかったぁ。これからも見守ってるよぉ。元気でな。」
「じいちゃんも元気でな。」
 
 
 
 
ジリリリリと鳴る目覚まし時計音で目が覚めた。時刻は朝7時。かつての俺にとっては真夜中だった時間だ。
不思議な夢を見た気がするが、気にせずに顔を洗い、杏子が作ってくれた朝ご飯を食べてから、あずき堂に向かった。
 
なんとか、あずき堂がつぶれることは回避したがまだまだ課題は多くある。これから頑張っていかなければならない。
 
すると突然ニャーと鳴く声がした。その方向に目をやると一匹の黒猫が佇んでいた。

その猫は俺の姿を一目見ると、俺の横を通り去っていった。
 
その猫の横顔はほほ笑んでいるように見えた。

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ょこっと解説②

「伝統の革新」

​明治19(1886)年の統計によると、当時の東京府区部において菓子屋は5000件近くあり、これは米屋の二倍以上だったということです。

いま、高齢化や過疎化、食生活の変化の影響で、地域の和菓子屋さんが減少傾向にあるようですが、商店街から和菓子屋と本屋がなくなることは、イコール文化の衰退だと捉えていいでしょう。

青木直己さんの「和菓子の歴史」(筑摩書房)によると、和菓子は中国や南蛮の影響、宮廷や寺社・茶の湯との深い関り、時節の節句や行事・地域の産物との結びつき、五感の表現などを通じ、多様で奥深い発展を続けてきました。

まさに「日本」のすべてがここに集約されているような文化表現なのです。

つまり和菓子は、伝統食でありながら、常に革新を続けてきた歴史を持っているわけです。新しいことを始める豊饒な文化の基盤を有している、とも言えます。

本ストーリーでは「自分でつくりあげる最中」が、革新のポイントです。

最後は自分で、というひと手間食品は、消費者の工夫や個性を表現できる仕組みであり、これまた日本人にあっていると思います。

作者コメントによると、鶴屋吉信の「カービィのまんまる手づくり最中」を参考にさせていただきました、とのことです。

https://www.tsuruyayoshinobu.jp/shop/pages/kirby_monaka_haru.aspx

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