
応援されるチームへ
若狭彰悟
登場人物
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主人公 浜口大輔(「馬場レッドライオンズ」社長兼ヘッドコーチ)
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サカエモ=水戸直輝(元バスケ日本代表 現実業家)
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浜口侑大(悟の実弟、「馬場レッドライオンズ」選手兼スタッフ)
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石橋悟(「馬場レッドライオンズ」GM)
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山口リチャード、宇都匡史、飴谷友和、ジュリアン・スミス(「馬場レッドライオンズ」の選手)
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松脇晃佑(「馬場レッドライオンズ」のトップスポンサーである「株式会社ライザック」副社長 大輔の幼なじみ)
ストーリー
「はぁー今シーズンもさっぱりだったな…」
高田馬場を拠点とする3人制プロバスケットボールチーム「馬場レッドライオンズ」の社長兼ヘッドコーチを務める浜口大輔は肩を落としていた。
彼は現在36歳。高校、大学とバスケットで全国大会を経験し、大学卒業後に実業団で5年間プレーした。選手引退後、社業に専念していたものの、バスケットへの情熱が冷めず、31歳で脱サラしてこのチームを創った。
「まぁ来シーズンがんばろうよ。俺もなんとかがんばるからさ。」
と、大輔を慰めるのは石橋悟。このチームでゼネラルマネージャー(GM)を務めている。
彼は大輔の大学の同級生で、公認会計士の資格を持っている。大学卒業後に会計事務所で働いていたが、ライオンズ創設時に大輔に誘われ、バスケットに精通していなかったがこの職に就いた。
「これで3季連続で最下位だぞ。これじゃまずいよな。」
大輔が言う。
「まずいよね。今、新しい外国人選手に声掛けてる。でも、日本人選手は全員契約更新して欲しいって言ってるから、ウチの資金的に彼らの希望を飲んで日本人選手は入れ替えなしが現実的だと思う。あとはコーチである大輔の腕次第だよ。」
「そっかぁー 戦力もうちょっとどうにかならないの?」
「スポンサーやファンクラブ会員が減ってるから厳しいんだよ。結果が出ていないから仕方がない。ライザックのおかげでなんとかなってる状態だし、とにかく結果を出すしかないよ。」
ライザックは大輔の幼なじみである松脇晃佑が副社長を務める健康飲料メーカー。その縁で創設時からライオンズのトップスポンサーである。
「そうだな。選手が大きく入れ替わらないならもっとケミストリーを高めれるように動かなきゃな。」
それから数日後。
「大輔!次の次のシーズンからペナソニックが参入するって!」
石橋が興奮ぎみに浜口に言った。
「ペナソニック!?そんな大企業が3人制に来るなんて。」
ペナソニックは国内トップシェアを誇る電子機器メーカーで、かつては3人制より遥かに規模が大きい5人制のチームを保有していた大企業だ。
「しかも池袋を拠点とするらしいぞ。これはスポンサーを取られかねない事態じゃないか。」
「うーん、これはまずいな…」
大輔の予感は的中する。その次の日、大輔の元に電話がかかってきた。
「もしもし大輔。ちょっと話があるんだ。」
相手はライザックの副社長、松脇からだった。
「どうした晃佑。いつも連絡はメールなのに電話なんて珍しいな。」
「重要な話だから電話で伝えなきゃと思って。池袋にペナソニックが新しいチーム作ることは知ってるよな?」
「もちろん。近くにあんな大企業が来ちゃスポンサーみんな取られるんじゃないかってビクビクしてるよ。」
「そのスポンサードの話なんだけど… 契約が切れる来シーズン、ライオンズの結果が良くなかったらスポンサーを降りることが決まった。そしてペナソニックのチームのスポンサーになる。親父が決めた。」
「社長が…」
ライザックの社長は松脇の父が務めている。
「だからなんとか結果を出してくれ。俺の気持ちは大輔を応援したい。でも今以上にお金は出せない。でも、とにかく結果を出してくれ。」
「結果を出せって具体的には?」
「プレーオフには行って欲しい。父ちゃんはファイナルが最低限と言ってたけど、俺がなんとか交渉するよ。」
ライオンズが所属する3人制リーグは全10チームあり、上位4チームがプレーオフへ、そこを勝ち抜いた2チームが優勝を決めるファイナルに進出できる。
「最下位からプレーオフだって… 極めて厳しいけど達成できなきゃこのチーム潰れるよな。」
「ウチの資金がないと厳しい状況になると思う。」
「わかった。ありがとう。来シーズンがんばるよ。」
こうして、突如としてライオンズ存続の危機が訪れた。
「大変なことになったな。とりあえず神頼みしとくか。」
大輔は事務所を出て帰路に着くついでに清水川稲荷神社に願掛けに行った。
「プレーオフに行けますように。チームが存続しますように。… よし帰るか。」
駅の方面に歩みを進めた瞬間、大輔は声をかけられた。
「あれ、浜口くんだよね。」
声の主は水戸直輝。元バスケットボール日本代表のポイントガードで複数のプロチームでコーチを歴任し、現在実業家として会社を経営している。水戸とはコーチ研修や関係者のパーティーで少し話したことがある程度で、特別親交があるわけではなかった。
「水戸さんじゃないですか。馬場で何してるんですか。」
「ここらへんで取引先との会合があってね。このあとそこのとんかつ屋でごはん食べるのだけど、一緒にどう?奢るよ。」
「え、本当ですか。じゃあお言葉に甘えてご一緒させていただきます。」
2人はとんかつ屋に入った。
「親父さん、とんかつ定食2つ。2つとも味噌汁を豚汁にして。」
「はいよ。」
水戸は慣れた様子で注文した。
「ごめんね。勝手に頼んじゃって。とんかつ定食で間違いないから。」
「いえいえ。」
「知ってると思うけどここのとんかつめっちゃ美味しいからたまに来るんだよね。」
「僕、ここ初めて来ました。」
「高田馬場に拠点置いてるのにここ来たの初めてなの!?もったいないよー。」
「はい…」
しばらくして定食が運ばれてきた。食事をしながら2人の会話が進む。
「3人制とはいえ社長とヘッドコーチ掛け持ちするの大変でしょ?」
「はい。自分が創ったチームで、たくさん人を雇えるお金がないので当然です。」
「そういえば、池袋にペナソニックのチームできるんだよね。ライバルじゃん。」
「そうですね。今その件で困った事態に。」
「困った事態とは?」
「メインスポンサーが来シーズン結果出さないとスポンサーを降りるって言ってまして。代わりにペナソニックの方を支援する方針だと。」
「それは困ったね。最下位のチームにいきなり結果を残せってのも簡単じゃないよね。」
「そうなんです。3季連続最下位でスポンサーも減って、ファンクラブの人数も減ってるんです。だから選手の補強も期待できない状態なんですよ。」
「それを補填する動きはもちろんしてるんでしょ?」
「私やGMがオフに営業に回るくらいですかね…」
「うーん。」
一足先に定食を食べ終えた水戸がタブレットを取りだし、何やら調べ始めた。
「なるほど。これは公表されてない情報だけど君のところファンクラブ会員数全チームで最下位じゃん。この事実は当然知ってるよね?」
「はい…把握してます…」
「これを改善する動きは?」
「特にまだ…」
「なんでしないのさ!」
水戸が語気を強めた。
「ファンから応援されていない何よりの証拠じゃん。スポンサー収入にだけ頼っちゃダメ。ファンとチーム・選手を繋ぎ合わせるような活動してないよね。今すぐしないと!」
「は、はい…」
大輔は完全に萎縮してしまった。
「いいかい。選手はただバスケットをすれば良いわけじゃないんだよ。規模の小さい3人制なら尚更。今すぐにでも選手と契約してファンを増やす努力をしないと。選手は商品であり、広告塔であり、チームに大きな富をもたらしてくれる宝なんだ。彼らを活用しなくてどうする。」
「わ、わかりました…」
「あと!」
水戸が続ける。
「もっと地域密着のチームを目指さないと。悪いけど高田馬場で何年も働いててこの店来たことないって馬場のこと何もわかってないのと一緒だよ。ここは食いログ(大手グルメレビューサイト)でも常に評価されている名店なのに。地域をよく知って、地域に応援されるチームを目指しなさい!わかった!?」
「は、はい!わかりました!」
「じゃあ今すぐ行動!俺は〆のプリン食べてから会計しとくから。」
「わかりました!ごちそうさまでした!ありがとうございました!」
大輔は店を飛び出した。その様子を見た水戸は呟いた。
「これで良かったかにゃ。」
事務所に戻った大輔はすぐさま石橋と実の弟でライオンズの選手兼スタッフを務める侑大を呼び出した。
「元日本代表の水戸さんにアドバイスをもらった。今すぐにチームを建て直して高田馬場に根づいたチームにならなければならない。悟、とりあえず日本人選手と明日にでも契約して彼らにも協力してもらってすぐ行動しよう。」
「いきなりすぎないか?でも動くなら早い方がいいよな。よしやろう!」
「侑大は他のスタッフと相談して地域密着になるような案を考えて行動に移してくれ。」
「わかったよ兄ちゃん。」
大輔の中には「バスケットが出来ればそれでいい」そんな考えが少なからずあった。しかし、それではいけないということに今になって気づいた。プロチームとしての自覚と責任を持ち、「応援されるチーム」に変わるためライオンズは動き出した。
ピンチをチャンスに…
翌日、選手達に事情を説明した上で全員が「チームを変えたい」と同意し契約に至った。そして、選手の宇都匡史、飴谷友和はビラ配りを、山口リチャードは営業を手伝うこととなった。
活動を初めて2週間。
毎日のようにビラ配りをしていたが、受け取ってくれる人は極わずか。受け取っても「へーバスケチームなんてあったんだ〜」と言われ、知名度の低さを痛感することとなった。
「俺そろそろメンタルキツいっすわ」
宇都が思わず漏らした。
「ごめんな。俺が今まで特に行動を取ってこなかったからお前たちに辛い思いをさせてしまって。」
大輔が謝る。
「ホントですよ。今まで何やってたんですか。」
飴谷が嘆く。
そんな雰囲気が悪くなりそうな中、侑大が部屋に入ってきた。
「じゃーん!新宿区内の小中学校でクリニックをやることになりました!僕やスタッフが各学校に駆け寄ったところ多くの学校が賛同してくれました。」
クリニックとは、言い換えるとバスケットボール教室のことである。
「それは良かった!子供たちや親御さんに知ってもらういい機会だ。」
大輔は喜んだ。
「バスケットで広報活動できるならやる気出てきましたわ!」
宇都も喜ぶ。
「これはチャンスです。しっかりやり遂げましょう。」
浮かれることなく冷静な飴谷であった。
最初にクリニックに向かった先は高田馬場の中学校。集まったのは12人。全員が現役でバスケットをプレーしているという。
侑大が子供たちに問いかける。
「ライオンズのこと知ってる人ー?」
手を上げたのは3人。
「全然知られてないじゃん…」
見学に訪れた大輔は思わず苦笑いをした。
「今日はライオンズの名前と僕たち選手を覚えて帰ってください。それじゃあ始めます!」
侑大の掛け声で子供たちが一斉に動き始めた。
練習内容は全て基礎練習。変わった練習をせず自分たちも原点に帰ろうという飴谷の提案だった。
「基礎を磨くことがプロになってからも大切なことです。サボらずしっかりやっていくんだよ。」
飴谷が指導する中、宇都は苦戦していた。
「これをこうじゃなくて…うーん…えっと…」
「宇都選手わかりません!」
上手く指導できず、子供たちに突っ込まれていた。
休憩中、宇都は弱音を吐いた。
「俺、今まで感覚だけでバスケットやってきたから言葉にして伝えるのができないっす。」
そんな宇都に侑大がアドバイス。
「言葉で伝えられないなら動いて伝えるだけだよ。自分がその動きをして子供たちに見てもらうだけのこと。匡史のフォームだったりドリブルはすごく参考になる動きしてるんだから。」
「なるほど。」
そのアドバイスを受けて宇都は即実践する。
「お兄さん、言葉で伝えるの苦手だからお兄さんの動き見てマネしてね。いくよ。」
「おおっすげえー」
子供たちは宇都のテクニックに感嘆の声を漏らす。
「それじゃやってみて。… そうそう!そういうこと!上手いねぇ!」
宇都は「教える楽しさ」を覚えた。
クリニック終了後
「自分の伝えたいことが伝わるって気持ちいいですね!あと、基礎ってやっぱ大事っすね。」
宇都はハニカミながら言った。
「そうだろ。教えることで自分も気付かされることがあるんだよ。」
飴谷が返す。
「子供たちの反応も良かったし、この調子でどんどん回っていこう。」
一同は俄然モチベーションが上がった。
コツコツ活動を続けること数ヶ月。
クリニックの成果もありファンクラブ会員数は増加傾向を見せた。そして、新外国人選手として5人制の2部リーグで得点王を獲得した経歴を持つジュリアン・スミスの入団が決まった。
「少しずつ地域に認知されてるな。」
営業もやっているGMの石橋はそう感じていた。
「でも、もう少し自分たちを知ってもらえることはないかな。」
大輔が言った瞬間、山口が食い気味に提案した。
「NicoTubeどうですか?」
「NicoTubeね!」
NicoTubeは世界最大級の動画配信サイトである。
「最近はバスケットの動画でバズってる人もいますし、自分も個人でやろうと思ってたんですけどなかなか勇気が出なくて。チームとして始めるなら良いかなって。」
山口が説明する。
「良いね。バスケット選手としての自分たちを知ってもらおう。このチームは身体能力が高い選手ばかりだし派手な動画とか作れそうじゃん。あと、馬場のラーメン屋の食レポとかも地域密着ぽくていいじゃん!やろう!」
「大輔それお前がただ食べたいだけだろ。」
石橋が大輔に突っ込んだ。
営業、クリニック、NicoTubeと活動を続け、いよいよ開幕直前。
NicoTubeは開始当初なかなか動画の再生回数が伸びなかったが、有名バスケ系NicoTuberや新宿区とのコラボで知名度を高め、1on1やダンクのような派手なプレー動画はプチバズりするなどで、チャンネル登録者は1万人を超えた。そして、意外や意外。大輔と石橋の食べ歩き動画は「トークが面白い、美味そうに食べる」など好評を博した。
課題だったファンクラブ会員数も過去最高まで伸び、活動が報われた。あとは結果を残すだけ。
「ハードな練習をやりながらも、チームのためにたくさん動いてくれて本当にありがとう。おかげさまでたくさんの人にチームを知ってもらえた。あとはコートで恩返しをしよう!」
大輔はそう言葉をかけた。
チームのケミストリーは様々な活動を通じて最高潮に達していた。
迎えた開幕戦。
会場は高田馬場から離れた立川だったが、ライオンズの赤いTシャツを着たファンがたくさん応援に訪れた。その中にはクリニックで指導した子供たちもいた。
自分たちの努力で「応援されるチーム」へと変わったライオンズ。
たくさんのファンが応援に来てくれている負けられない中、開幕戦の相手は昨シーズン4位でプレーオフに進んだ、地元立川を拠点とする「立川ウォリアーズ」。
ライオンズは序盤から相手の外国人選手に苦しめられるも、中盤からは対策を練り、我慢に我慢を重ね何とか開幕戦勝利をもぎ取った。
勝利インタビューでうっすら涙を浮かべた大輔は、「たくさんのファンの皆さん、スポンサーの皆さん、地域の皆さんのおかげです。これからも勝って必ず恩返しします。」と力強くコメントした。
そこからライオンズは快進撃。
今まで勝てなかったチームにも喰らいつき金星を上げるなど勝ちを重ねていく。
チームの調子と比例するようにファンクラブ会員数やスポンサーも増えていった。
シーズンの結果はチーム初のプレーオフ進出となる4位。プレーオフではリーグ1位のチーム相手に負けてしまったものの、日本人選手を入れ替えなかったにも関わらず、昨季最下位から大きなステップアップを果たした。
シーズン終了後のファン感謝祭では多くのファンが訪れ、大輔はファン一人一人と触れ合い、「ありがとうございます」と何度も頭を下げた。
ファン感謝祭から3日後。
大輔の元に松脇から電話が入った。
「大輔お疲れ様。今シーズンはすごかったね。1回しか応援に行けなくてごめんね。」
「いいんだよ晃佑。お前に発破かけられてなかったら今頃どうなってたか。感謝しているよ。」
「それでスポンサーの件なんだけど。残念ながら今シーズンでスポンサーを降りさせていただくことになった。」
「えっ…」
大輔は頭が真っ白になった。
「親父と何回か交渉したけどファイナルに行ってないから契約延長しないだって。」
「そっか。」
「そして、ペナソニックのスポンサーになることが決まった。申し訳ない。」
「社長の要求に答えられなかったのだから仕方がない。今まで本当にありがとう。」
「それで、」
少しの沈黙の後、松脇が言った
「僕個人でライオンズを支援する。ライオンズを応援したいし、大輔を応援したい。自分の友人にも同じ意志を持った人が何人かいる。このお金でチームを残せると思うし、スポンサーやファンが増えてるって話だから絶対強くなると思う。」
「そんな…」
大輔は涙を流した。
「ありがとう晃佑…ありがとう…」
こうして、ライオンズは存続の危機を乗り越えた。
この日の夜、大輔は知人を通じ連絡先を入手し、あの人に電話をかけた。
「もしもし。お世話になってます。浜口です。」
「浜口くん?あっ、3人制のチームのコーチしてる。」
「そうです。水戸さんありがとうございました。」
電話の相手は大輔に熱心なアドバイスをくれた水戸だった。
「水戸さんのアドバイスのおかげでチームを建て直すことができ、いい成績を残せました。」
「アドバイス…?そんなのしたっけ。前に浜口くんとあったのコーチ研修の時だったと思うけど。」
「あれ?」
「まぁでも良かったね。最下位からプレーオフじゃん。チェックしてたよ。」
「そうなんですね。ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。」
「よろしく。頑張ってね。」
電話を切った後、大輔は不思議に思った。
「なんで覚えてないんだろう。変だな。」
すると、ショートメールが来た。
「石橋悟:大輔NicoTubeの撮影だぞ とんかつ屋早く来て」
「危ねぇ忘れてた。」
大輔は急いで事務所を出て、さかえ通りを走った。
その様子を目が透き通った1匹の黒猫がじっと見ていた。
